tiwakuromamaのブログ 離婚した2年後 元夫さんは逝ってしまった

シングルになってまだ数年、息子さんと娘さんとtiwakuroとの日常やシングルになるまでの過程やその後、そして元夫さんのこといろいろ残します

まじめなはなし5

手のかかる長子(息子さん)


保育所時代は保育園から脱走?して園長や担任と話し合いをしたこともあります
息子さん3歳くらいだったと思います
なぜ脱走したのか息子さんに聞くと「なんか知ってる人がいたから行ってみたくなった」とのこと
脱走は3回ほどありました
それでも先生方は「小さい時は夢と現実がごっちゃになったり知らない人を知ってると勘違いすることもあるので成長とともに収まってくると思います」ととても理解のあることを言ってくれたような記憶があります
基本的に落ち着きの無い息子さんで年中の時には若い担任の保育士に「じっとしてられないお子さんの中には多動の子もいます・・・・・」みたいなことを言われて慌てて大学病院の発達外来に連れて行ったこともあります
結果は気にしなくて良いとのことだったのでそのことを担任に話しました
私は泣きながら話した記憶があります
なぜ涙が出たのかは覚えていません
きっとそんな風に思われていた息子さんがかわいそうになったか 病院の結果に安どしたのかそんな感じだったと思います
その後は園長副園長担任が平謝りです「そういうつもりで言ったのではなかったのです」と・・・・
年長では息子さんが0歳1歳の時にお世話になっていた息子さんをとてもかわいがってくれていてそして私が最も信頼していた保育士が担任となり楽しい1年を過ごしました
卒園前に担任が「息子さんは心優しくて頭のいい子です」そんなこと言ってくれた覚えがあります


小学校時代
入学式当日も落ち着きの無さを発揮しました
教室でのみんなの顔合わせの時にきょろきょろ周りを気にして落ち着きがなくクラスのお母さんから「前を向きなさい」と注意されたり入学式では担任が横に付くという事態になりました
小学校生活の中で一番困ったのが宿題をしない提出物が出せない、学校からのお便りも私に渡せない
テストなども適当に受けるから点数が悪い
周りが90点100点取れるテストも息子さんは40点50点とかでした
それでも6年間毎年担任が変わるのに毎学期担任との個人懇談で言われることは決まって「息子さんは理解していないのではないです 真剣にテストを受けようという気持ちがないのです 例えば算数で言えば式はあってるけど計算を間違う 間違う理由としては字が雑なので途中で自分で自分の字を読み間違う 国語も同じで字が汚いので何を書いているかわからないから〇がもらえない」そんなことを言われていたと思います
だから私は息子さんに対して「ちゃんとしなさい」「きっちりしなさい」「字をきれいに書きなさい」「テストは真剣に受けなさい」いろいろほんとにいろいろ言い続けました


中学校時代
中学校となると将来に向けて勉強が大切になります
私は常に危機感を持っていました
中学でも小学校時代と同じく提出物が出せませんでした
勉強も自主的にする子ではありません だから定期テストの前は私はまるで自分がテストを受けるかのように毎回毎回つきっきりでテスト勉強をさせていたと思います
その結果ますます自主的に勉強はしなくなりました
だからと言ってほっておくわけにもいかない 私では手に負えないので塾に行かせる
塾に行っても居眠りで途中で帰らせられることもありました
その塾も受験前に辞めてしまうことになります
そんな息子さんに手を焼き時には私が手を挙げることもありました
中学3年間はほんとに私が心安らぐことがないくらい息子さんは手のかかる子でした

今思い返しても私が手を焼くから手がかかるのかほんとに息子さん自体が手のかかるのがもわからないくらいぐちゃぐちゃでした


つづく