tiwakuromamaのブログ 離婚した2年後 元夫さんは逝ってしまった

シングルになってまだ数年、息子さんと娘さんとtiwakuroとの日常やシングルになるまでの過程やその後、そして元夫さんのこといろいろ残します

通夜

通夜と告別式は会場を借りて行われました
義両親は元夫さんの部屋へ行き年賀状などから友達を調べていました
私は元夫さんの訃報を聞いてすぐにボランティア団体の団長へ連絡していました


通夜と告別式の業者との話し合いはすべて義両親や親せきが仕切りました
当然の事ながら喪主も義父となります
これは本来どうするべきだったのか私にはわかりません
本来なら息子さんが喪主となるべきものなのでしょうか?
とにかく私にはあーだこーだと意見を言う権利はありません
言われた時間に会場に向かいました


元夫さんは仕事では上の方の立場の人だったので仕事関係の人はたくさん来るだろうと予想はしていたので100席の会場を準備していたのですが
でもそれ以上にボランティア団体の方々が大人も子どももたくさん来てくれました
それは想像以上でした
ほんとにたくさんの人が来てくれました
お焼香をした後も会場の入り口の外にはなかなか帰ろうとしないボランティア仲間やその子どもたち 何時間も帰らず会場の外で足を留めてくれている
たくさんの人が涙を流してくれました
入れ代わり立ち代わり私や息子さんに声をかけてくれるボランティア仲間

これが元夫さんが20年やってきた事の証なんだと私は思いました
小学生時代に元夫さんとボランティア活動をしていた子はもう成人している子もいます
そんな人たちもわざわざ元夫さんのために通夜に来てくれる
現在まだ小学生や中学生の子たちも大勢駆けつけてくれた

休日を犠牲にし家族を犠牲にしていたけど今思えば無償のボランティアを20年も続けるってすごいことだったんだ

私はいつもいつも元夫さんのボランティアの犠牲者だと思っていました
悪いことしてるんじゃないんだからと我慢していたことが蓄積されて
私だけが家の事や子どもの事をがんばっていると考え
私ばかりが損をしていると考え
勝手に卑屈になり勝手に元夫さんを疎ましく思い
そしてそれが元夫さんに伝わり子どもたちに伝わり家の雰囲気は悪く
それを私は改善しようとはしなかった

私は正しい
私は間違っていない
家族を犠牲にする元夫さんが悪いんだ
その事に気づかない元夫さんが悪いんだ
いつもいつも私はそのように思っていた